02


着替えを済ませた俺が寝室を出るとリビングの前で突っ立っている猛に手招きされた。

こっへ来い、ってか。俺は犬か?

無視することも出来ず近寄れば上から下までじろじろ眺められる。

不愉快だ。

しまいには顎を掬い上げられ、唇にキスを落とされた。

「ちょ…!」

「リビングで待ってろ」

言うだけ言ってクルリと背を向けた猛の傍若無人振りに口から出そうになった文句はため息に変わった。

「ワケわかんねぇ」

言われた通りリビングで猛を待っていれば、猛と唐澤、その後ろに見た目チャラい男と温厚そうな面した男が入って来た。

どっちがどっちだか分からないがきっと後ろの二人が上総と日向だろう。

どちらも二十代後半、二十七、八か。

「拓磨、こいつが飯を作った奴で上総だ」

温厚そうな面した奴が頭を軽く下げて挨拶してきた。

「初めまして。上総です」

「それからこっちが日向だ」

残りの見た目チャラい男が日向だと紹介される。

「どーも、日向です。よろしく!」

「上総は料理番、日向は今日からお前の護衛につく」

サラッとそう言われ、俺の口からははぁ?と疑問符が飛び出した。

「どういうことだよ?飯ぐらい自分で作れるし、護衛って…」

「必要だろ?何たって拓磨くんは会長の好い人だし」

確かに猛の職業柄側にいれば危険があるのだろう事は理解できる。

理解はできるがだからといって、俺は他人に四六時中側にいられるのは嫌だ。

それが表情に出ていたのだろう猛が口を開く。

「外へ出ねぇって言うなら護衛は外してやってもいいぜ。必要ねぇからな」

「何だよそれ。大体昨日、俺に家から出るなって言ったじゃねぇか」

「言ったな。だがよく考えればお前が大人しく家ん中に引っ込んでるとは思えねぇ」

違わねぇだろ、と確信に似た表情で言われ俺は押し黙った。

逃げる気はないがほんの少し脱け出すぐらいはするかも知れないと考えたからだ。

「いいな、外へ出る時は日向を連れていけ。間違っても撒こうとか考えるな。もしンなことしてみろ、命の保証はしねぇぜ」

ギラリと獰猛な獣のように鋭い眼差しを向けられ、俺は喉元に牙を突きつけられたような感覚に陥った。

猛の言っている事はきっと正しい。だけど…。

いつの間にか握り締めていた掌にじわりと汗が滲む。

猛の眼差しを真っ向から受け止めた俺はその迫力に呑まれぬようギリリと奥歯を強く噛み締めた。

「会長。拓磨さんもそこまではしないでしょう。会長が賢い方だとおっしゃられたのならば御自分の置かれている状況ぐらい理解しているはずです」

その睨みあいを止めたのは今まで黙っていた唐澤だった。

それにより猛の視線がスィと俺から外れ、俺の体は極度の緊張から解き放たれたかのよう弛緩してソファーに沈んだ。

「よく会長の睨みを真っ向から受け止められたな。一般人にしちゃ偉く肝が座ってる」

精神的にも疲労を増した俺に日向の賛辞と呼ぶには些か不愉快な言葉が飛んできた。

俺はそれに眉を寄せ、無視を決め込んだ。

「あれ?ご機嫌斜め?仲良くしようよ」

「日向、止めとけ。彼が俺達を良く思わないのは仕方がない」

無視しても話しかけてくる日向を上総が止めた。

こっちはうるさい男と違って話も分かりそうで使えそうな奴だな。

どちらかといえば唐澤タイプか。

ぐったりとソファーに身を預けながら、俺は目の前の二人をそう冷静に分析した。

「拓磨、今回は唐澤に免じてこれ以上言わねぇが忘れんじゃねぇぞ。この世界はお前が昨日までいた生温い世界とまったく違うって事をな」

外された視線が再び俺を脅すように捉える。

「そんなこと言われなくても分かってる」

今、身をもって体験しているじゃないか。

それに…、

俺はアンタの言う生温い世界にいたことなんて一度もない。

俺の世界は両親がこの世を去った時に崩壊している。

そんなこと今更だ。

今更なんだよ。



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